キアーラ・ステッラNomade Psichico出版, (2008年発表)
破滅と没落が既に始っているイタリアを舞台にした死とエロスの物語
小説「キアーラ・ステッラ」冒頭部分
1月26日 23時33分
わたしのいる丘の下にあるのは霧ではなく、埃。その埃のなかで、人類を代表する者たちの大群が、髪をつかみあい、殺し合い、痛めつけ合い、しばしば自らをむち打っている。怒りの暗雲が彼らを包み込み、何もかもを一緒くたにしてしまっている。それはある鋭い音。武器、掃除機、コーヒーメーカー、古い大木を切裂くチェーンソー、そうしたもののたてる鋭い音。金、金、金。おxんこ、おxんこ、おxんこ。だが、どこに?彼らにはオンボロのダッチワイフだって犯すことはできないはず。彼らが持つことのできるただひとつのエロチックな関係は、携帯電話でのフェチで共生的な途切れることない会話だけ。要するに、この辺の人間の話題と言えば、(自分は持っていない)金と、(だいぶ昔から受取っていない)給料のことばかり。資本主義の禁断症状に苦しむジャンキーみたいな連中だ。大好きな資本主義はきっと手に入るから、君たちは心配しないでいい。それまでの間、薬をやり、ナイフで刺し合い、病院で生体解剖され、高速道路で細切れの死体になってください。僕が君たちのかけらを集めてあげるから。それが僕の仕事だ。ご遺体には、あるいは残されたその断片には、安全な避難場所も提供しましょう。どちらでも構わない、料金は変わらないから。
「もしもし、こちらロッシ・クレメンテ葬儀店のルカです。こんばんは」
「もしもし……サンドラといいます。てっきり、夜は留守番電話になってるかと思ってました……」
「まさか。ロッシ葬儀店は24時間みなさまのおそばにいたいと願っております。ご用件をどうぞ」
「父が死んだんです、20分前に」
「ご愁傷様です。ロッシ氏の代理としてもお悔み申しあげます」
「ありがとう。もう長いこと、悪かったんです」
「なるほど」
「苦しみましたが、穏やかでした。最期まで穏やかに逝きました」
「それは幸いでした」
アメリカはおしまいだNomade Psichico出版, (2007年発表)
迷わぬ者はもう迷っている
Nomade Psichico出版, (2006年発表)
終りなき世界
Nomade Psichico出版, (2005年発表)
ジンたちのヨーロッパで
Nomade Psichico出版, (2003年発表)
最後の一段Nomade Psichico出版, (2002年発表)
小説「最後の一段」冒頭部分
親愛なる人よ、できれば良い知らせで君を喜ばせたかったのだが。わたしたちが大好きだったあのソファーの上で君の手にキスをし、優雅なクリスタルのグラスに注いだ美酒で心を慰めながら、僕の数々の成功と無数の失敗の狭間で君の微笑が見えなくなるのを眺めたかった。だが残念ながら、ふたりが強く望んだその喜びを味わうことはできないのだ。家に帰った後で、また旅立つ前に君をこの腕で抱きしめた瞬間を僕ははっきりと覚えている。しかし今、この心はトリノでふたりの憲兵に見張られているのだ。危険に満ちた生涯の最後に、どうしてこんな目にあわなければならないのか。愛する人よ、僕には分からない。でもこれだけは覚えていて欲しい。金持たちと軍隊は、僕らの疑問を解く手助けはしてくれない、ということを。最後にはきっと誰かが立ち上るはずだ。僕らの経験とその近視眼的な予測それぞれに有効なかたちで。この舌の病も、僕の口を閉ざすことはない。あと一日、あるいは、あと一時間は。この手にはまだ君の香りが残っている。いつも素敵な君が、僕の全てを受入れ、イタリア中の劇場でその美しさを披露していた時の香りが。
愛しのハミード
Nomade Psichico出版, (2001年発表)
エヴァの牢獄
Nomade Psichico出版, (1999年発表)
小説「エヴァの牢獄」部分
アドルフはフェラチオが好き。あれしかやりたがらないの(わたしって心の狭い女かしら?)。4月30日、わたしはまずアドルフがどうするのか見たかった。だけど彼、震えてたものだから、銃弾はのどの横から飛び出てしまって、死にきれなかった。それでボルマンが始末をつけた、後でそう教えられたわ。わたしのは全然違うスタイルだった。
なぜならわたしは最高の女だから。
わたしこそは大いなる母。
エヴァ、大いなる母。
アドルフは耳を傾け、部屋のなかをいらいらといったり来たりしている。足には泥まみれのブーツを履き、何やらつぶやいている。エヴァの真実を知ってしまった彼は困惑していた。俺は馬鹿みたいに利用された。分かっていたなら、こんな糞ッたれの世界大戦だって始めなかったのに。
エヴァはピンク色の帽子を正した。
「マルティン・ボルマンのところに行ってくるわ」
「何だって?」
「マルティンに会うの」
「撃たせてやるよ!すぐだ!」
「そしたら誰があなたの写真を撮るの?」
「ホフマンさ、オフコース……」
「でも彼は男よ」
「俺はホモじゃない」
「ホフマンはもうあなたの写真を撮りすぎたわ」
「だまれ!」
「妻にはもっと優しくするものよ」
「すまん、お前の言う通りだ」
「あなたを撃ってもいい?」
「いや、ダメだ……」
「郵便局に行かなきゃ、五十マルクある?」
「ほら、三十しかないが」
「八時に帰るわ。それまでに何するつもり?」
「お前を思ってるよ」